事業期間:2012年度〜2016年度

2013.08.08 │ voiceインタビュー:チームで学ぶクラウドコンピューティング

今回は、クラウドコンピューティング分野を担当されている大阪大学大学院情報科学研究科の井垣宏先生にお話を伺った。IT Spiral など実践教育に携わっておられる立場から、これまでの活動を振り返っていただくとともに、enPiTとしての今後の抱負についてお聞きした。

チームで学ぶクラウドコンピューティング

-先生のご専門はサービスコンピューティングとお聞きしていますが。

Webサービス、サービス指向アーキテクチャ、クラウドコンピューティングに関する研究に従事しており、こうしたサービスに関係する技術を取り込んだ教育カリキュラムの実現を進めてきました。

先生が関わっていらっしゃった実践教育について教えてください。

IT Spiralという教育プログラム(2012年度終了)の中で、「開発実践演習」という科目を担当していました。この科目では、実践的なモデリング、分析、設計手法を座学で修得し、その知識を踏まえて演習を行います。個人レベルの演習から最終的にチーム演習を通じてプロジェクトを体験し、価値のあるものを作ることを一年かけて目指す内容となっていました。

1チームは5から6名の学生から構成されます。現実の企業ではもっと大きなプロジェクトもあるでしょうが、教育上はこの程度が適正な人数です。あまり多すぎても、少なすぎてもいけません。また教員側は全体で3から4名で、1チームにつき教員が1名アサインされます。

この種の教育を充実させていく上での課題は何でしょうか?

実践教育を進める際、学生の学習コストをどのように捉えるかは重要な点です。学生にとって難易度の高い技術を身につけることは大切ではありますが、学習コストが高すぎると途中で挫折してしまう恐れもあり、目指すべきスキルレベルと学習コストをどこで折り合いをつけるかを考える必要があります。

実践教育において民間企業の協力は欠かせませんが、協力いただく企業にとって有益なことであっても、教える内容がその企業に特化したものは敬遠すべきと考えます。ある企業に特化したことを教えるよりも、何かの問題に直面した際に、適応できる能力をもった学生を育てることが大切です。これまでも、こうした前提に立ってカリキュラムを作るように務めていました。

情報技術を使って社会を変えてみよう

学生の反応はいかがでしたか?

IT Spiral では複数の大学間での交流が積極的に行われました。大学ごとに学生の気質が明らかに異なっており、学生間の交流が大変意義があったと感じています。事実、学生アンケートの結果でも、他大学との交流が良かったという回答が多かったです。自分とは違う存在、異なる考え方、多様性に触れるというのは学生にとって大きなメリットだと思います。

教員間の交流も活発だったのでしょうか?

教員の間でも活発な交流が行われていました。enPiTになってから連携大学や参加大学の教員が増員となり、ほぼ日常的にチャット等でコミュニケーションを行なっていますし、定期的に集まって議論も行なっています。

その中でも、ワークショップ形式での教材開発、PBLのノウハウ共有を進めてきました。PBLは教員のスキルに左右されるところがあります。そこで、PBLのノウハウを共有することで、どの教員でもPBLが実施できるようになれば良いと考えています。

また、昨年から、学生評価を定量的に行えるような取り組みを始めました。その一つとして、開発環境をクラウド上に構築することで、学生の作業の状況をログとして記録し、分析することができる仕組みを作りました。これは、QAD という考え方に基づいて、タスクの種類毎にメンバーが均等に割り当てられているか(バラつきが少ない)どうかで評価を行うというものです。なお、学生評価の基準を決める際には企業側からアドバイスをいただきました。チーム学習の経験は概ね企業からの評判も良いです。

また、本コースでは、教育環境のクラウド化も推進しており、PC環境の運用を自動化するなど、教育の本質的なところに教員が集中できるように工夫をしています。

enPiT が提供する教育をどのような学生に受けてもらいたいと思われますか?

新しいことにチャレンジする意欲をもった学生に受講していただきたいですね。技術的に高いハードルをかかげるつもりはないので、プログラミングの基本的なところがわかっていれば十分です。

また、仲間といっしょに学ぶわけですから、人を思いやる気持ちも忘れないで欲しいです。自分の言動が相手にどう思われるかを常に意識する必要があります。さらに、何か課題に直面したときに、個人で対応すべきかあるいはチームで対応すべきかを判断するできることも大切です。

今後、どのような企業や大学との連携を望まれていますか?

特に企業の皆さんへのお願いとなりますが、クラウドを利用する側(ユーザー)と提供する側(ベンダー)の両方からenPiTに参加して欲しいですね。特に、ユーザー企業の方と学生がいっしょに学ぶ機会を設けることで、今後のIT分野がさらに大きく発展すると考えています。

今後の活動に期待すること、感想等があれば教えてください。

他大学との教員との連携、交流、共有をもっと深めていきたいですね。いっしょに教材を開発することで、真の連携が達成できると思います。また、世界的にもオンラインで質の高い教育を提供することが活発になってきています。

また、私たちの取り組みをもっと多くの方に知っていただけるような活動も必要と考えています。企業側が求める人材像として、コミュニケーション能力の高さ、人間力の高さという言葉を最近良く耳にします。本プログラムではこれらの点も十分に考慮したカリキュラムを提供しています。チームで学び、客観的に自分自身を振り返り、改善することができる能力を持った人材を育成できる教育プログラムです。是非もっと多くの人に知っていただきたいと思います。

井垣先生

大阪大学 大学院情報科学研究科
特任准教授
井垣 宏

博士(工学)。平成23年より現職。ソフトウェア工学教育、サービス指向アーキテクチャ、ホームネットワークシステム、Webサービス、ソフトウェアプロセス等の研究に従事。IEEE、ACM、IPSJ各会員。

(インタビュー・文 西村一彦)