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2013.09.04 │ voiceインタビュー:本質を見抜く術を身につける絶好のチャンス

「厳しいけれど、得られるものは大きい」。そう話すのは東京工業大学 大学院情報理工学研究科 計算工学専攻の小林 隆志先生。名古屋大学在籍時にOJLをはじめとする実践教育のプログラムに深く関わっておられた小林先生に、enPiTへの期待と今後の抱負についてお聞きした。

本質を見抜く術を身につける絶好のチャンス

-名古屋大学で実践教育に関わっていらっしゃったそうですね。

東京工業大学に赴任する前、名古屋大学で「On The Job Learning(OJL)」を中心とした教育プログラムであるOCEANに関わっていました。OJLは、PBLとOJT(On The Job Training)を組み合わせた実践教育です。企業から課題を提供してもらい、さらにプロジェクトマネージャも派遣してもらいます。学生側からすると企業の方の指導のもとでいろいろ学べるわけです。インターンシップを大学の中で行っているというとわかりやすいかもしれませんね。もちろん、すべてを企業の方にお任せするのではなく、教員もいっしょに参加します。教員は座学で教えた知識がどのように役立つかを学生に示し、スキルアップにつなげるという役割を担っています。

-実際にはどのように進められるのでしょうか?

企業が持ち込むテーマはさまざまで、実製品開発もあれば、学術性の高いものもあります。それらの中から企業と大学が話し合いを重ねて、1年半という期間で実施可能なテーマを設定します。本プログラムでは、プロジェクト管理よりも技術習得に重きを置いており、習得した技術を現場で適切に使えるようにすることを目指しています。開発プロセスをひと通り経験することができる点もひとつの特徴です。

-このような実践教育を充実させていく上で課題と感じていることがあれば教えてください。

学生のやる気を高め、維持することでしょうか。一つの企業と長く付き合う際、企業と学生との相性は大きな課題です。やる気があり、スキルが伸びている学生がいっしょだと企業の方もやりがいを持っていただけます。

テーマ選定も重要ですね。企業が目指していたところに到達できなかったことがありました。たとえば、ある製品開発をテーマにしたプロジェクトでは、スケジュールがタイトだったため、作業が優先することとなり、学生の側からすると学びたいことが学べなかったということがありました。また、企業ではシステム開発の際に、設計、実装、テストを分業化することは当たり前で、結果として作業効率は高まりますが、一連のタスクを経験できなくなります。

さらに、機密情報保護や知的財産権に対する注意が必要です。物理的に隔離した部屋(ネットワークも外部から遮断する)で開発を行うとか、企業から持ち出せない部分については、コード等を再利用せずにゼロから作るケースもありました。

いずれにせよ、企業の方にはかなりの負担を強いていることは間違いないです。そういった負担をお願いしているわけですから、どういうメリットを企業側に提供できるかも課題として重要と考えています。

-教員側の負担も大きいですよね?

OJLの時の話となりますが、私自身は業務の1/4近くをこちらにかけていました。教員も相応の負担を強いられます。負担を軽減するためにも教員を増やしたいところですが、実際にはソフトウェア工学の専任教員が少ないと思います。enPiTによって専任教員が増えるのは大変喜ばしいことです。

学生の評価もいつも悩むところです。OJLでは、プロジェクト目標の達成度合いよりも,学生がどのような経験をし,座学知識の実践が行えているかを評価します.また,半期ごとに行う自己評価で,講義で学修した知識をOJLで実践した結果どの程度定着したかも確認しています。これに加えて、OJL担当者による学生評価や追跡調査も行なっています。幸いにも、企業側からは一定の評価をいただいています。学生からもOJLでの経験は就職活動の際にも有利に働いたという報告を聞いています。

-enPiT が提供する教育をどのような学生に受けてもらいたいと思われますか?

博士後期課程に進学を希望する学生に特に薦めたいですね。一流の研究者になる上で、実際に世に出ているシステムのソースコードやドキュメント,その開発過程を見ることはとても良い機会です。

様々な技術上の選択肢を評価し、その評価の根拠を示し、正しい選択を行うスキル(「メタ技術」と呼んでいます)を実践教育を通じて早い段階で習得することができます。高度な技術者になるには早い段階で体系的に理論や背景知識を学び、さまざまなことを経験することが望まれます。物事の本質を知る手段を早く知ることは大きなアドバンテージになります。

-他大学との交流の観点から、期待される取り組みがあれば教えてください。

教材や教育に必要なツールを共有できる環境が欲しいですね。特にツールは高価なツールを前提としたテーマがあるので、うまく共有できる仕組みがあるとうれしいです。実践的な教育を目指していることもあって、できるだけ企業で実際に使われているものを使いたい気持ちがあります。

人的な交流という点では、4分野それぞれの中での交流は今後もっと活発になるでしょう。むしろ、分野を越えての交流をどのように促進していくかが課題だと思います。ワークショップやシンポジウムはその良い機会になるでしょう。

-今後、どのような企業、あるは大学との連携を望まれていますか?

enPiTのような活動に理解を示してくれる企業は、ベンチャー企業や研究会に積極的に貢献していただいている企業が多いと思います。大学と組むことによって新しい技術や製品を開発したり、大学に課題解決を求めてくる企業とは組みやすいです。また、人材育成や教育という視点でいっしょに活動をしようという企業も大学としては大歓迎です。

一方、「大学教育には期待はあまりしていない。企業に入ってからの教育のほうが進んでいる」という意識を持った方々とも交流をしたいですね。大学に足りないものが何なのかを知る良い機会となります。

-その他、enPiT の活動に期待すること、感想等があれば教えてください。

これだけの大学、産業界を巻き込んだプロジェクトはこれまでにもなかったと思います。人材育成はもちろんのこと、いろいろな面で交流する場となることを望んでいます。何かのきっかけで新しい研究テーマが生まれるかもしれません。学生のみならず若手教員、博士課程学生にとって有益な場です。全国とつながるチャンス。企業とつながるチャンスを活かしたいと思います。

小林先生

東京工業大学大学院 情報理工学研究科
計算工学専攻准教授
小林 隆志

博士(工学)。1997年東京工業大学工学部情報工学科卒. 1999年同大学大学院情報理工学研究科計算工学専攻修士課程修了. 2004年同専攻博士課程修了. 2002年同大学学術国際情報センター助手. 2007年名古屋大学大学院情報科学研究科特任助教授. 2009年同大学院情報システム学専攻ソフトウェア論講座准教授, 2012年より東京工業大学大学院情報理工学研究科計算工学専攻准教授, 現在に至る. ソフトウェア設計, プログラム理解,リポジトリマイニング ソフトウェア再利用技術, 複合メディアコンテンツの管理・検索, Webサービス連携などの研究に従事. 情報処理学会, 電子情報通信学会, 日本ソフトウェア科学会, 日本データベース学会, ACM IEEE-CS各会員. 研究室:http://www.sa.cs.titech.ac.jp/